ハリウッドVFX業界就職の手引き

ハリウッドVFX業界就職の手引き
鍋潤太郎氏による、海外のVFX業界で働くための手引き。お薦めです。

2013年3月5日火曜日

Hollywoodでデモ行進してみる その2

2月24日のアカデミー賞受賞式に合わせたデモは、特に大きな混乱もなく、まずまずの成功を収めたと言っていいものでした。デモの規模が比較的小さく、あらかじめ届け出をしていたため警察の誘導があった、主催者が非常に上手くオーガナイズしていた、などということもあったと思います。Dolbyシアターで授賞式が始まる頃には、参加者は解散し、後は賞の結果を知るのみとなった訳です。ところが、このアカデミー賞のまさに授賞式会場で後に波乱を生む出来事が起こりました。

私のブログの2月25日の投稿「ライフ・オブ・パイがアカデミーの視覚効果賞を受賞」で既に書きましたが、視覚効果賞を受賞した「ライフ・オブ・パイ」のVFXスーパーバイザーであるBill Westenhoferのスピーチが、途中でオーケストラのBGM(映画「ジョーズ」のテーマ曲)によって遮られ、しかも最後の台詞を言う頃にはマイクのスイッチまで切られてしまったのです。以前のブログの投稿でも指摘しましたが、Billはスピーチの後半、比較的直接的な表現、"Sadly Rhythm & Hues is suffering severe financial difficulties right now. I urge you all to remember…."というフレーズで、Rhythm & Huesが今回陥った苦境を、授賞式の場で公に知ってもらおうとした訳ですが、結局そのフレーズのほとんどはジョーズのテーマ曲がかぶって著しく聞き取りづらくなりました。公平を期すために書きますと、スピーチをジョーズのテーマ曲で遮られたのはBillだけではありません。他にもドキュメンタリー賞の受賞者が同じようにあしらわれています。もともと、この授賞式での「サンキュー」スピーチは45秒以内におさめるよう、あらかじめ参加者に言い渡されていたそうで、Billのスピーチでもジョーズのテーマ曲が始まったのは、スピーチが始まってから44秒後だと言われています。ただ、これはこの日の受賞者の中でも最も短い時間であり、人によっては100秒以上しゃべっても一切遮られることがなかった(ちなみに監督賞を取ったAng Leeは130秒以上一切遮られずにしゃべったそうです)というケースもありますから、差別ととらえられても致し方ないところでしょう。

授賞式のこのシーンがオンエアされた直後から、ネット上のVFXコミュニティーではBillのスピーチが意図的に妨害されたのではないか、という憶測が広がり始めました。これを映画会社の謀略と見る向きもありましたが、それは大げさにしても、アカデミーが授賞式をショウとしてのエンターテイメント性を重視するあまり(授賞式の模様は、アメリカの3大ネットワークの1つでであるABCでオンエアされました)、一般の人々に取って知名度の低い視覚効果賞の関係者への時間を意図的に削除したのであれば、あからさまな侮辱であると捉えた人がいても不思議はないでしょう。FacebookなどではVFXアーティストの団結を訴えるコミュニティが作られ、プロフィールの顔写真を明るいグリーン一色にする人たちが出てきました。これは背景合成用のグリーンバックを意味しており、VFXアーティストの団結を示すアイコンとなっています。

一夜明けると、さまざまなメディアもこれを取り上げるようになりました。THE WARPVarietyといった業界紙に加えて、リベラル系のニュース・サイトThe Huffington Postもこの一件を報じるようになります。ことここに至って、どうも今回は今までとは様子が違う、という雰囲気になってきたのが、VFXの業界団体であるVESのメッセージです。VESは組合や労働者団体などとは異なり、教育や啓蒙活動を中心に、波風をあまり立てずにやってきた団体です。そのVESのチェアマンが、今回の一連の出来事を「転換点(Tipping Point)」と捉えていると言っている訳ですから、VFXコミュニティの反響の大きさが窺い知れます。

こういった、VFXアーティスト達が感じているフラストレーション、映画界から対等な扱いを受けていない、という気持ちを、最近行われた、もとDigital Domainの創業者で今回のデモのきっかけを作ったScott Rossが、Bloombergとの間で行われたインタビューで代弁しています。


Bloombergのインタビューに答えるScott Ross。福耳です。

このインタビューの中で、彼はまずジョーズのテーマ曲でBillのスピーチを遮ったアカデミーのやり方に対する軽いジャブを放った後、「ライフ・オブ・パイ」が撮影賞を取ったことに対して皮肉っぽいコメントをしています。賞を取った撮影監督のClaudio Mirandaは、スピーチでVFXアーティストに一切謝意を述べなかったが、「ライフ・オブ・パイ」の背景は7、80%が視覚効果で出来ており、撮影監督がこの作品で果たせた役割はかなり限られている、と言っています。私自身はClaudio Mirandaは優秀な撮影監督だと思いますし、この賞には値しないとは思っていませんが、背景のかなりの部分が視覚効果によって生み出されたのは事実です。

またScott Rossは、監督のAng Leeが業界紙のThe Hollywood Reporterから受けたインタビューに関して言及しています。これはRhythm & Huesが倒産手続きをとったことに関してのやり取りで、非常に悲しい、と同情を寄せながら、以下のようなコメントを残したのです。

"I would like it to be cheaper and not a tough business [for VFX vendors]. It’s easy for me to say, but it’s very tough. It’s very hard for them to make money. The research and development is so expensive; that is a big burden for every house. They all have good times and hard times, and in the tough times, some may not [survive]."

この最初の文言、"I would like it to be cheaper"のitが何を指しているのか、記事を読んだだけではわかりづらいのですが、後半で"The research and development is so expensive"といっていることから、恐らくVFXの制作コストを指していると思われます。つまり彼は、Rhythm & Huesが倒産に追い込まれたのは、制作コストが高くつきすぎて十分なマージンが得られなかったことが原因であり、制作コストをもっと安くしてマージンをもっと得られるよう、ビジネス・モデルを変える必要がある、といった指摘をしているようなのです。Ang Leeは最近行われた「ライフ・オブ・パイ」のブルーレイ発売記念イベントでも繰り返しVFXは安くなるべき、と主張しており、この点に関しては一貫しているようです。これに対してScott Rossは、そういう問題ではない、と言っています。VFXスタジオがプロジェクトを引き受けたときに映画会社から入金される支払いはあくまで固定であり、その後監督の気まぐれで制作コストが上昇したり、納期がのびたりしても、足が出た分は基本的に持ち出しになります。Scott Rossは「タクシーに10ドル払って乗り込んできた客が、マンハッタンを一周してくれ、と言っているようなものだ」と指摘しています。

そもそも、我々VFX業界で働いている者なら誰もがわかる通り、VFXのコストの大半は人件費であり、コンピュータのように年々下がっていくようなものではありません。この点を監督やプロデューサーはよく理解しているのかいないのか、とにかく下げろ、と言う訳ですから、今回のようにVFX業界の反発を招くことになります。しかしながら、この点に対してVFX業界も一枚岩になっていないのが現状です。今回の一件をきっかけに、VFX業界で働く人たちのための労働組合を結成すべき、というムーブメントが持ち上がりました。組合を結成して労働環境を良くすべき、という考え方には私も賛成ですが、これがVFX産業を救うことにはならないでしょう。今のVFX業界の対立点は、アーティスト達とVFXスタジオの間にあるのではなく、VFXスタジオと、仕事を発注する映画会社との間にあると言っていいと思います。組合を結成しても、労働コストの上昇を招き、ますますVFXスタジオを苦境に追い込むだけでしょう。一方、VESは今回の一件に関して非常な憤りを表明し、その解決策として「カリフォルニア州知事に、映像業界へのよりいっそうのタックス・インセンティブを要求する」といった声明を出しました。これはどういう意味でしょうか。



上の画像をご覧頂きたいのですが、これはHollywoodでのデモの光景のものですが、左の看板には"TAX BREAK AND REBATES IN CALIFORNIA!! KEEP THE TALENT HERE"、右の看板には"FAIR TRADE VFX"と書いてあります。実はアメリカの映画業界は、VFXのコストをなんとか下げようと、ここ数年ある動きに出ています。それは、映像業界に対して補助金を出す自治体のある街に、仕事を移転させてしまうのです。そのため、アメリカ国内における「アメリカ映画」の仕事は激減しており、現場で働くアーティストにとって死活問題となっています。また、この補助金を前提に仕事の受注を行うことで、VFXの価格下落に更なる拍車をかける、という事態も生み出しているのです。

そこで、次回からはこの「映像業界に対する補助金制度」について、何回かに分けてお話ししたいと思います。

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