ハリウッドVFX業界就職の手引き

ハリウッドVFX業界就職の手引き
鍋潤太郎氏による、海外のVFX業界で働くための手引き。お薦めです。

2014年6月9日月曜日

レンダラを選んでみる その4

木村でございます。少々古いニュースになってしまいましたが、先月末にSony Pictures Imageworksが、本部を現在のLA西部にあるSony Picturesの本拠地カルバー・シティから、カナダのバンクーバーに移転させる事を発表しました。以前からSonyはワーク・フォースの大半を当地に移動させていましたし、この発表に先立ってImageworksで要職に就いていたKen Maruyama氏などが同社を離れる事が発表されていたため、これはある意味既定路線だった訳ですが、やはり残念なニュースではあります。

それはそれとしまして、既に多くの方がご存知かと思いますが、Pixarが先月末に最新バージョンのRenderMan Ver. 19.0を発表しました。

http://renderman.pixar.com/view/latest-tech

RenderManプロダクトはかれこれ25年の歴史を誇りますが、今回のバージョンアップはその中でも最大のアップデートのうちの1つになるのではないかと思います。まず最も大きなトピックがRISと呼ばれる新しいレンダリング・モードを導入した事です。Pixarは既に以前のバージョンで既存のREYESモードとは別に双方向レイ・トレースを実行するモードを導入していましたが、これをさらに進めて今後このRISモードをプロダクトの中心技術にシフトさせていくことにしたようです。公式発表されたリリース・ノートによると、Unindirectional Path Tracer、Bidirectional Path Tracer、そしてProgressive Photon Mappingの混合技術であるといった事が謳われています。このUnindirectional Path Tracerというのは何とも紛らわしい言い方ですが、恐らく間接照明を扱うレイ・トレースとは別である事を強調したかったのでしょう。Progressive Photon Mappingに関しては、VCMとして知られる、との説明があります。Progressive Photon Mappingを略してもVCMにはなりませんから、何なのか調べてみましたが、これはVertex Connection Mergingの略だそうです。この技術は2012年のSIGGRAPH Asiaで発表されたもので、以下のサイトからペーパーをダウンロードして読む事が出来ます。

http://iliyan.com/publications/VertexMerging

残念ながら私、このペーパーを読む時間的余裕は到底ありませんので(あっても理解できたかどうか怪しいところですが)、かなりおおざっぱな説明になってしまいますが、要するに双方向レイ・トレースとフォトン・マッピングのよいとこ取りをしたハイブリット・レンダラである、というのが趣旨なようです。このサイトの説明によると、“an acceptable approximation error in a reasonable amount of time”、すなわち受け入れ可能な範囲内の誤差で、現実的なレンダリング時間で高度な表現を行う事を可能にするのが目的なようです。

Pixarがアップした動画を見ると、このRISモードによるレンダリングの様子がわかります。これによるとRISモードの最大のベネフィットはプログレッシブ・レンダリングによりきわめて早いレスポンスを得る事が可能で、これがライティングやルック・デブのパイプラインに大きく貢献するだろう、と説明されています。



通常、レイ・トレースは他のアルゴリズムに比べてプログレッシブ・レンダリングのインプリメントが容易ですが、ここまで高速に実行するにはかなりの工夫が必要なはずです。Progressive Photon Mappingが恐らくその工夫にあたるのでしょうが、通常のフォトン・マッピングではシーン全体にフォトンを飛ばしてそのバウンスしたフォトンをキャッシュしてからレンダリングに移る訳ですから、カメラの変更にここまで早く追従するにはこのプロセスが大きく変更されている事が予想できます。興味のある方はぜひペーパーを読んで、いい事がわかったら私に教えてください。

ところで、PixarはこのRISが何の意味を持つのかについて、明言を避けています。これまでRenderManを支えてきたアルゴリズムREYESは多くの方がご存知の通り"Render Everything You Ever Saw"の略ですが、これはアルゴリズムを表しているというよりはどちらかというと標語的な意味合いであり、どうでもいいと言えばどうでもいい意味でした。そういう訳ですので今回はPixarも説明する必要はないと考えたのかもしれません。そしてこのREYESですが、今後もRenderManにRISと共存する形で残っていくようですが、おそらく後方互換を保つためのレガシー・モードとなっていくのではないか、というのが私の予想です。REYESは今でも洗練されたレンダリング・アルゴリズムの1つだと思いますが、もともとシェーディングを他の被シェーディング・オブジェクトの存在とは分離して考えていたディレクショナル・イルミネーションのみの時代に考えられたアルゴリズムであり、レイ・トレースとのインテグレーションには元々無理がありました。初期にはレイ・トレース部分のみを他のレンダラ(BMRTなど)に実行させるなど、対応にかなり苦慮していた部分も見受けられましたから、専用のモードを実装するのは当然の流れと言えるでしょう。

また、今回のRISのデモンストレーションでもわかる通り、Pixarがインタラクティブ・レンダリングに焦点を合わせているのは明白です。昨年、PixarはThe Foundryのライティング・ソルーションKatanaを使ってGPUレンダリングのデモンストレーションを行いました。これは今回のVer. 19には実装されていないようですが、いずれこれがRISに何らかの形で入ってくるのではないかと思います。CGのレンダリングはこれまでマシンが高速化されても、それまで計算コストの関係であきらめていたアルゴリズムを導入される事で相殺され、なかなか高速化が難しかったのですが、ここにきてようやくリアルタイム・レンダリングの技術が映像制作に寄与するようになるのではないか、という期待が持たれています。実は私もとある会社の依頼で、GPUによるレンダリング技術の研究を行っておりまして、これに関してはまた別の機会に守秘義務に反しない範囲で何かお話ししようと思っています。

そしてこの新しいRenderManですが、なんと言っても我々ビンボーCG屋にとって最大の驚きは大幅な価格改定が行われた事です。これまでRenderManソルーションはPro ServerとStudioという2つに分かれていましたが、今後は1つになり、それがアメリカ・ドルで$495で提供されるという事です。そして非商用目的であれば、完全に無料で利用できる、という事もアナウンスされています。RenderManはかつてはレンダラのライセンスだけで100万円近くした時代もあった訳ですから、これは大変な事だと思います。昨年の私の投稿、「レンダラを選んでみる その1」ではPixarがRenderManを外販する事にもう興味を失っているのではないか、といった事を書きましたが、これはどうも誤りだったようです。しかしその時の投稿でもご説明した通り、VFX業界ではV-RayやArnoldのような別のレンダラが台頭してきており、既にRenderManは業界のデファクト・スタンダードではなくなりつつあります。Pixarとしてはそれに対する焦りもあったのかもしれません。

いずれにせよ、この新しいRenderMan使ってみない事には詳しい事はわかりません。タダな訳ですからリリースされたら私もぜひ使ってみたいと思っております。Ver. 19は今年のSIGGRAPHの次期前後に正式リリースされる予定だそうです。フリー・ライセンスをお待ちの方には、このリンクからユーザー登録を受け付けています。

2 件のコメント:

  1. 個人的に3DCGの制作に興味を持っているので、こういう記事はありがたいです。結構どうでもいいのですが、フォトンマップに関する記述には誤解があるかも。「カメラの変更にここまで早く追従するにはこのプロセスが大きく変更されている事が予想できます」とありますが、Photon Mappingというのは、「光源の側からシーン全体に光線(フォトン)を飛ばして、モデル上に照明の情報をキャッシュする」という仕組みなので、視点の位置に依存しません(ただし、Importance Sampling等のテクニックを利用する場合は別)。そのため、Photon Mapping自体のアルゴリズムにはそれほど変更を加えていない・・・と思います(自信なし)。もしかすると、光源が移動する場合も考慮されているのかもしれませんが・・・その辺どうなのでしょうね。Vertex Mergingの論文も見てみたのですが、概要は「BDPTにおいて双方向から光線の追跡を行う際、拡散面上にある近傍のフォトンをその地点におけるN回反射済みの光線として扱ってBDPTに統合することで、レンダリング精度を向上する」という感じのもののようです。一般にフォトンマッピングは飽くまで前処理なので、レンダリングの際には結局通常のレイトレやパストレを併用することになるのですが、ここでは双方向レイトレを利用することで、複雑な鏡面反射を複数含んだ大域照明の計算を効率よく行うということが追求されているみたい。なんかこの業界では未だにノイズとの戦いが続いているんですね。何はともあれ、Render Manの無償提供は気になりますね。早く使ってみたい。

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    1. これは誤解ではないですね。「カメラの変更にここまで早く追従する」と書いているのは、カメラが変更されるたびに直ちに実行されるプログレッシブ・レンダリングの早さに言及しているだけであって、フォトン・マッピングのアルゴリズムを解説している訳ではありません。このブログを読んでいる方はある程度そういったレンダリング・アルゴリズムを理解しているという前提で書いていますから、そこの部分が省略されていますが、それを初心者にもわかるように書け、という事であれば、今回のレンダーマンのお話をする趣旨からは離れると思います。

      特に記述を改正するつもりはありませんが、わかりやすい文章を書くようには留意しておきます。

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