ハリウッドVFX業界就職の手引き

ハリウッドVFX業界就職の手引き
鍋潤太郎氏による、海外のVFX業界で働くための手引き。お薦めです。

2015年12月18日金曜日

英語を勉強し直してみる その5

木村でございます。ついに今年も終わりですか。年をとるとだんだん時間が経つのが早く感じますが、最近は恐ろしいくらいです。さて、「英語を勉強し直してみる」と題した連載、最後に英語の勉強方法そのものではなく、英語を話す時のメンタリティに関してお話ししたいと思います。連載の初回にも書きましたが、私はアメリカ暮らしが10年選手なのにもかかわらず今だに普段の生活においてすら会話に窮します。私が喋っているところを聞いて、「発音いいですね」とか「うまいですね」とか言ってくださる方もいるのですが、それにもかかわらず会話に窮するのは、その大きな要因に英語を話す時のメンタリティの問題があるからだと思います。


私を個人的にご存知な方はお分かりだと思いますが、私は正直言って人と話すのが得意な方ではありません。人付き合いもそれほど広くありませんし、一人でのんびりしている方が好きなたちです。当たり前と言えば当たり前なんですが、英語を話す、ということは他人とコミュニケーションする、ということですから、やはり人付き合いに対するその人の価値観や性格が大きく影響するものなのです。

LAには今もVFX業界で頑張っている日本人が何人かいますが、その中に私の親しい友人がいます。彼は私よりもLA暮らしが長いのですが、おこがましいながら言わせていただくと、彼の英語は単純に語彙力や発音で言えば私のそれよりも低いと思います。というよりも、割と英語を勉強し始めたビギナーのそれに近い、と言ってもいいほどのレベルでしょう。発音は日本人のベタベタのそれですし、文法も極めてシンプルなものしか使いませんし、彼とアメリカ人との会話を聞いていると、時々相手の言っていることがわかっていないのではないか、と思うこともしばしばあります。そんな状況であるにもかかわらず、総合的に見ると彼の英語力は私のよりも高いのです。例えば、彼は私よりも長く、アメリカのトップ・プロダクションで常に最前線に立って仕事をこなし、参加してきたハリウッド映画の数も枚挙にいとまがありません(もちろん仕事人として優秀である、ということが第1にあるのですが)。アメリカ人の友人も多いですし、彼らと普通に会話も楽しんでいます。そもそも、英語力が本質的に低ければ、日系の企業に勤めているわけでもないのに、十何年もアメリカで暮らし続けることなど不可能でしょう。

どうして発音や文法力も低いのに、英語力が高いと言えるか、ということですが、それはひとえに、人とコミュニケーションをとる時のメンタリティにあるのだと思います。例えば、彼は仕事場で同室のアメリカ人が誰ともなしに話を始めると、特に親しいわけでなくても、すぐに反応して笑ったり合いの手を入れたりします。時にはその反応が果たして正しいかどうか怪しい時もあるのですが、相手もあまりそういうことを気にしません。というのも、基本的に彼は会話の時いつもニコニコして相手の話に親身になって頷いているので、相手にも彼の熱意や行為が伝わっているからです。今更本質的な話ですが、人間は好意を抱いている相手の細かい間違いはいちいち気にしないものです。

その一方私はと言いますと、相手から明確に話しかけられている、ということがわからない限りは、滅多に自分から口を開くことはありません。アメリカ人がジョークを言っても、それが面白くなければ(そして残念ながら大概面白くないのですが)当然反応もしませんし、従って会話も盛り上がらないまま終わります。

実は私には、LAに来たばかりの頃に犯した英語の間違いに関する、苦い記憶があります。DreamWorks Animationにいた時、チームのミーティングで自分のスーパーバイザーから何か質問をされたのですが、意味がわからずとんちんかんな返答をしてしまい、チームの皆から笑われたことがあるのです。こういうことをもちろん気にしない方もいるでしょうが、いい大人にもなって、自分の間違いを大勢から笑い物にされるというのは私には精神的にきついものでした。そういうことがあってから、とにかく間違えることに慎重になりましたし、英語を喋ること自体ナーバスになり、自分でもしゃべる直前表情がこわばるのがわかるほどでした。よく言われることに、日本人は間違いを犯すことを極端に恐れるあまり、英語を積極的に話そうとせず、それが日本人の英語力向上の障害になっている、という議論があります。これは確かにそうなのですが、実際のところ、間違いを犯してもそれを気にせずどんどん前に出れるというのは、やはり性格的なものもあり、やれと言われてすぐ実行に移せる人は、最初から英語の勉強に苦労はしないのだろうと私は思います。

ではそういった性格的なものを乗り越えることに時間をかけずに、少しでも英語力を向上させるにはどうすればいいのか、ということですが、まず、遠慮せずに相手に聞きなおす習慣をつける、ということです。間違いが嫌なら、間違えないように相手の言うことを理解するしかありません。言っていることがわからなかったら、「もう一回言っていただけますか」と素直に聞くことです。アメリカ人でも相手の言うことがわからず、"Say that again?"などと聞き返していることはよくありますから、恥ずかしくありません。何度も聞きなおすと、さすがに気まずくなってきますから、聞き直してわかった部分は「〜と仰ったんですよね。で、そのあとが聞き取れなかったんですが」と、徐々に質問する部分を狭めていくなど、工夫をしてみるといいでしょう。

もう一つは、なんとか会話をつなぐ努力をする、ということです。特に1対1ではない場合、相手の言っていることがわからないと、そのままスルーしてしまったり、自分が反応するタイミングを逸してしまったりしがちです。私もこの手の失敗をよくして、場になんとも言えない沈黙が流れたことが度々ありました。自分が反応するべきかよくわからない場合でも、怪しかったら一か八か何か言ってみる、というのも手です。

そしてやはり最後は無理にでも笑顔で相手に真摯に対峙する、ということです。先に私の友人について書きましたが、結局のところ周りから好かれ、信頼されれば、少々の間違いなど気にかけないでもらえます。逆にそういう信頼関係を築かないまま会話をしていれば、ちょっとした行き違いが軋轢に発展するのは日本語でも同じですから、これは英語に限らず全てのコミュニケーションの根幹と言えるでしょう。もちろんこういう態度がネガティブな方向に働くことがないわけではありません。アメリカのVFX業界で働いている日本人達と呑んでいると話によく出てくることなのですが、いつもニコニコ愛想よくして片言の英語を喋っていると、周りのアメリカ人から「あいつはいい奴だけどちょっと頭が弱い」と思われ、いつまでも一般のTDクラスのポジションから抜けられず、アメリカ人に出世で先を越され、「アメリカ人の奴らめ、雑用ばっかり俺に押し付けやがって」と不満をぶちまける人もいます。残念ではありますがそれは結局のところ、自分たちの英語力が足りないために起こったことであり、それが嫌なら、何年アメリカで暮らそうが、英語の勉強をし続けるしかない、ということなのです。

正直、私は英語に関しては他にも数々の苦い失敗を経験をしてきましたが、その経験を生かして英語力を改善できているかというと、それがなかなかその通りにはいっていません。結局それがこれまで英語の話を渋ってきた理由なのですが、やはりアメリカに何年も暮らしていると、しゃべれるんだろうと期待されて、「英語をどうやって勉強すればいいんですか」という質問をよくお受けすることがよくあります。今回のお話が、少しでも皆さんのお役に立てれば幸いと思います。

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